LOGIN拠点に戻った翌朝、広場が騒がしかった。
雑兵たちが集まり、口々に何かを叫んでいた。言葉がバラバラだった。時代も地域も違う者たちが、それでも共通の感情で繋がっていた。怒りだった。
「なぜこんな目に遭わなければならない」 「仲間が死んだ。あの化け物に殺された」 「元の世界に戻せ。俺たちを解放しろ」俺は黙って聞いていた。
AIの設定にしては、随分とリアルな訴えだと思った。感情パラメータが高い設定なのだろう。よく出来ている。秦良玉は雑兵たちから少し離れた場所に立っていた。騒ぎを制しようとはしなかった。ただ俺の視点カメラを見ていた。
「一つ聞かせろ」
静かな声だった。雑兵たちの怒声の中でも、その声だけが耳に届いた。「なぜ戦わなければならない」
広場が少し静かになった。俺は少し考えてから答えた。
「戦わなければ、お前たちは死ぬ」 「……理由になっていない」 「このゲームには他のプレイヤーがいる。強い者が弱い者の拠点を攻める。俺の最初のアカウントは初日に潰された」秦良玉は眉をわずかに動かした。
「誰にやられた」 「呂布だ」広場が静まりかえった。
秦良玉の目が変わった。
「……呂布奉先か」 「知っているか」 「名前だけは」秦良玉は少し沈黙した。三国志の時代と明末では数百年の隔たりがある。それでも呂布という名は中華最強の男として伝わっているのだろう。
「そのような者がこの世界にいるのか」
「いる。今は別のプレイヤーの手駒になっている。そのプレイヤーはランクTOP10だ」 秦良玉は何も言わなかった。ただ、視線が少し変わった。雑兵たちはまだ騒いでいた。
「戻せ」「解放しろ」「理不尽だ」 俺は静かに決めた。◆
雑兵たちを訓練場に呼んだ。 一人ずつ、順番に。 最初の一人が消えた瞬間、秦良玉の顔が変わった。 「……何をした」 「強化素材にした」秦良玉は俺を見た。長い沈黙だった。
「人を、素材に」 「AIだ」 「……」 秦良玉は何も言わなかった。だが目が語っていた。 小鈴は広場の隅で膝を抱えていた。顔を伏せていた。俺は続けた。一人、また一人。
秦良玉のレベルが上がった。数値が跳ね上がった。白杆槍の攻撃力が大きく伸びた。 広場に残ったのは秦良玉と小鈴だけになった。 静かだった。「レイナを救う為だ」
俺が言った。 秦良玉は俺を見た。その目に嫌悪感があった。隠していなかった。 「……覚えておく」 それだけ言った。◆
課金した。 このゲームのガチャは恐ろしく確率が低い。チュートリアルと違って★3確定もない。本来キャラを獲得するには他のプレイヤーから奪うか、ダンジョンで発見するのが定番だ。だが今の俺にはその手段がない。拠点は弱く、目立てない。11連を回した。
★1。★1。★2。★1。★1。★2。★1。★1。★2。★1。★1。「……そうだよな」
覚悟はしていた。だが現実は厳しかった。 全員を素材にした。 秦良玉がそれを見ていた。小鈴も見ていた。二人とも何も言わなかった。だが視線が痛かった。◆
小鈴を訓練場に入れた。 今回は同じレア度の★1キャラを複数素材として使った。限界を超えた強化だ。訓練場から出てきた小鈴の数値が変わっていた。
★2に進化していた。そして、特技が開花した。
【看破】:敵の弱点・急所を視認する 小鈴は自分の手を見下ろしていた。何かが見えているのだろう。目が変わっていた。「……見える」
小さな声だった。 「何が見える」 「弱いところが。光って見える」 俺は少し目を細めた。 「使える」◆
三人で作戦を立てた。 小鈴が弱点を見つける。秦良玉がそこを白杆槍で突く。俺が上から指示を出す。 「あの怪物の弱点が分かれば、倒せるか」 秦良玉に聞いた。 「倒せる保証はない。だが、戦える」 「それで十分だ」 秦良玉は少し間を置いた。 「レイナは、まだ生きているのか」 「捕獲状態は続いている。生きている」 秦良玉は頷いた。将軍の顔だった。「では行こう」
小鈴は膝を抱えたまま、静かに顔を上げた。 「……レイナさんを、助けに行くんですね」 「そうだ」 小鈴は立ち上がった。他人を犠牲にして得た力で、別の誰かを救いに行く。
その矛盾を、俺は考えないことにした。
よく出来たAIたちだと、俺は思った。 そう思うことにした。貂蝉が立ち直るまでに、数日かかった。 最初の二日、貂蝉は屋敷から出てこなかった。アニスが食事を運ぶ時だけ、扉が開いた。三日目、貂蝉は自分から食堂に出てきた。アニスや他の女たちと言葉を交わし、少しだけ笑った。震えはもう止まっていた。 四日目の夜、貂蝉は俺の部屋に来た。「リョウ様、お話があります」 貂蝉は寝台ではなく、向かいの椅子に座った。背筋が伸びていた。あの夜の儚さは、もうなかった。「町で、店を持たせてください」「店」「妓楼です」 俺は少し間を置いた。「なぜだ」「女たちを集めて、運営します。私のような、傷ついた女たちを」 貂蝉は俺を真っ直ぐに見た。「他のプレイヤーから捨てられた★1や★2のキャラ。トウタクやリチャード一世の元配下で行き場を失った女たち。町の在野キャラ。集められるだけ集めて、店で働かせます」「働かせる、ということは」「客を取らせます」 貂蝉の声に揺らぎはなかった。「ただし、強要はしません。本人の意志で選ばせる。料理の仕事、掃除の仕事、客との対話だけの仕事もある。客を取るかどうかは、それぞれが決める」「お前自身は」「私も、たまに客を取ります。それが私の経験を活かす道です」 俺は少し考えた。「資金は」「最初は出していただきたい。ですが、軌道に乗れば返済します。さらに、利益の一部はリョウ様にお納めします」 貂蝉は懐から紙を出した。事業計画書だった。「物件は町の中心の北寄り、空き家を一軒。改装はリズさんに頼みたい。料理はアニスさんに監修をお願いしたい。仕入れはガジンさんを通して」 俺は目を細めた。「もう動いているのか」「相談はしました。皆さん、協力してくださると」「秦良玉は知っているのか」 貂蝉が少し目を伏せた。「……いえ。リョウ様の許可をいただいてから、ご報告するつもりでした」 翌日、俺は秦良玉に話を通した。 秦良玉は黙って聞いていた。話
トウタク軍は呂布を失った瞬間から崩れ始めた。 指揮系統が機能しなくなった軍は脆い。連合軍の総攻撃を半日と持たず、前線は押し込まれ、中軍は逃げ、後方は混乱した。 トウタク本人は敗走した。拠点まで追い詰められ、そこもまた連合軍の兵がなだれ込んで陥落した。食糧、武器、資材、金貨。およそ価値のあるものは全て奪われ、建物は焼かれた。トウタク配下の★3たちは抵抗する間もなく次々と捕縛された。 トウタク自身は辛うじて逃げたという。後日、掲示板には「違うエリアに飛ばされた」との書き込みが流れた。連合軍の目の届かない場所でやり直すつもりだろうが、呂布を失った男にもう二度と以前のような勢いはないはずだった。 戦が、終わった。 連合軍の本陣に、縄で縛られた呂布が運ばれてきた。四人の★5が見張りについていた。暴れる余力は、さすがにもう残っていなかった。それでも目だけは相変わらず鋭く、近寄る兵たちを黙らせるだけの迫力を放っていた。 「処遇を決める」 ザルマンが言った。 連合軍の主要プレイヤーが天幕に集まった。俺も呼ばれた。議題は一つだった。「呂布をどうするか」 意見は三つに分かれた。 「登用しよう」 一人のプレイヤーが口火を切った。中堅どころの★5持ちだった。「★5の呂布だ。連合軍に取り込めば最強の戦力になる。失うのはもったいない」 それに対して、別のプレイヤーが首を振った。「無理だ。呂布は史実でも誰にも忠誠を尽くさなかった男だ。丁原を殺し、董卓を殺し、最後は曹操にも仕えようとして処刑された」「だがゲーム内では所有関係が成立する」「成立しても裏切られる。呂布が主人を殺す可能性は、他のどの★5より高い」 半兵衛が静かに口を開いた。「処刑を推します」 全員の視線が半兵衛に集まった。「呂布を生かす限り、誰かが必ず奪いに来ます。連合軍の内部で所有権争いが起きる可能性もある。あるいは呂布自身が脱走を試みる。その度に警戒と
連合軍の本陣に戻った。 奪った補給物資の荷馬車を引いて行くと、兵たちが目を丸くした。食糧、武器、資材、金貨。一部隊の補給を賄うだけの量があった。 ザルマンが出てきた。荷馬車を見て、目を見開いた。「……これは」「補給路を潰した。主力はこれからしばらく困る」「よくやった」 ザルマンが俺の肩を叩いた。「物資は連合軍全体で分ける。取り分を決めていい」「俺は★3をもらう。捕縛した十二人だ。それ以外はいらない」 ザルマンが少し驚いた顔をした。「それだけでいいのか」「俺には素材が必要だ」 ザルマンはしばらく俺を見ていた。それから頷いた。「分かった。その条件で」 兵たちが物資を運び出していく間、俺は半兵衛と秦良玉を連れて、ザルマンの天幕に入った。 貂蝉を連れていた。秦良玉の上着を羽織ったままだった。 ザルマンが貂蝉を見た。息を呑んだ。何も言えなくなった。「★5の貂蝉だ」 俺が言った。「……貂蝉」 ザルマンが掠れた声で繰り返した。「あの、董卓と呂布を裂いた?」「そうだ」 ザルマンの目が変わった。「これは……使えるぞ」「同じことを考えている」 俺は頷いた。「貂蝉で呂布を崩す。王允の策を、今度は連合軍の側が使う」「正気か」「正気だ」 半兵衛が横から口を開いた。「呂布は忠義でトウタクの下にいるわけではありません。所有関係があるだけです。貂蝉が介入すれば、呂布はトウタクのために戦わなくなる可能性があります」 ザルマンは少し考えた。「……やれるのか」「やるしかない」 貂蝉は何も言わなかった。
李傕が俺たちを見て、股間を軽くさすった。「ほう……また上玉が揃ってるじゃねえか」 郭汜も同じ仕草をした。舐め回すように秦良玉、レイナ、孫尚香を見た。「後で楽しませてもらおうか」 秦良玉の顔に、嫌悪が浮かんだ。槍を構え直した。「口を閉じろ」 声が低かった。 李傕が俺たちに向かってきた。秦良玉が受けた。白杆槍と剣がぶつかった。火花が散った。李傕の一撃が重かった。秦良玉の足が一歩、下がった。「……っ」 秦良玉が槍を構え直した。正面から押し合う戦いになった。李傕は笑っていた。 郭汜の方にはレイナが向かった。剣を抜いて、真っ直ぐに走った。「俺の相手はお前か」 郭汜が笑った。剣を構えた。 レイナは返事をしなかった。足音も乱さず、間合いに飛び込んだ。一撃。弾かれた。もう一撃。また弾かれた。 レイナの顔が歪んだ。痛みではなかった。【痛覚変換】が発動しない距離だ。まだ攻撃を受けていない。 郭汜の剣が速かった。 孫尚香が弓を引いていた。「どちらを狙う」 孫尚香が俺に確認を取った。 俺は半兵衛を見た。半兵衛は戦いに加わらず、両手を後ろで組んで立っていた。李傕と郭汜の動きを、交互に目で追っていた。「……李傕」 半兵衛が静かに言った。「李傕の方が先に崩せます。右足への踏み込みが大きい。前に出る瞬間に右膝の内側ががら空きになります」「孫尚香、聞いたか」「はい」「秦良玉、一度下がれ」 秦良玉が引いた。李傕が追った。 前に出た瞬間、李傕の右膝の内側が露出した。 孫尚香の矢が、その一点を貫いた。「ぐっ……!」 李傕が片膝をついた。そこへ秦良玉の白杆槍が伸びた。
北側の森。 シンの班が動いていた。 ジャンヌ・ダルクが先頭を走っていた。巴御前がその後ろに続いた。 補給部隊が見えた。 ★1と★2の雑兵が、三十人ほど。荷馬車を守るように隊列を組んでいた。その中心に、二人の男が並んでいた。★4の表示が出ていた。 李傕と郭汜。 ジャンヌが剣を抜いた。 躊躇なく補給隊に斬り込んだ。★1の一人を真っ二つにした。返り血が飛んだ。 ジャンヌの白い鎧に、赤い染みが広がった。 その瞬間、ジャンヌの目が変わった。 頬が上気した。唇が僅かに開いた。「……ああ」 うっとりした声が漏れた。 鎧の胸当てを外した。肩当てを投げ捨てた。 薄い衣一枚になったジャンヌは、剣を振るいながら笑い始めた。「……熱い……もっと……」 シンが駆け寄った。「ジャンヌ、落ち着け!」 聞いていなかった。 ジャンヌは補給隊の★2に突っ込んだ。剣を振るい、また返り血を浴びた。「あぁ……」 陶酔した顔だった。 シンは頭を抱えた。「巴御前、頼む。ジャンヌを——」 振り返って、シンは動きを止めた。 巴御前も、変わっていた。 薙刀を構えていた。黒髪を振り乱していた。 敵を斬り伏せるたびに、返り血を浴びた。 巴御前の目も、変わり始めていた。「……っ」 巴御前が自分の胸に手を当てた。「熱い……」 甲冑の胸当てを外した。 シンが声を失った。「巴御前、お前まで……」 巴御前は答えなかった。 薙刀を振るい、また敵を斬った。返り血を浴びた。 笑みが浮かんだ。「……気
シンの塔10階挑戦は、俺の★4の回復を待ってから動いた。 秦良玉、レイナ、孫尚香、ダルダニヤン。四人を派遣した。 シン自身の戦力もあった。だが主力はこちらの四人だった。 ジャンヌ・ダルクは相変わらずだった。10階の守護者を相手にした瞬間、返り血を浴びて目が変わった。鎧を脱ぎ、半狂乱のまま剣を振るった。 第一形態の石の巨体に、怯えず突っ込んだ。剣を振るうたびに笑った。 第二形態の黒い霧にも同じだった。斬られても怯まなかった。むしろ嬉しそうに前に出た。 レイナが壁際で、小声で孫尚香に言った。「……ああいう戦い方もあるんだな」「戦い方、と言っていいのかどうか」 孫尚香が冷めた目で答えた。 秦良玉は何も言わなかった。 勢いで押し切った。弱点を狙う余裕はなかった。ジャンヌが前でかき回している間に、秦良玉とダルダニヤンが削り続けた。最後の一撃はジャンヌの剣だった。【塔10階 制覇】 シンがクリア報酬を手に入れた。◆ ゴールドを払ってキャラを返してもらった。拠点に戻した。 シンが通信を入れてきた。「ありがとうございました。借りを返します」「気にするな。次は一緒に動く」「はい」 シンと二人で、★4以上確定ガチャ券を使った。 同時に引いた。 結果を共有した。「巴御前です」 シンが言った。 源平時代の女武者。薙刀を持ち、騎馬戦を得意とする。強さの説得力がある。「悪くない」「リョウさんは」「……竹中半兵衛」 一瞬、通信が止まった。「……戦国の」「そうだ」「参謀ですね」「そうだ」◆ 広場で竹中半兵衛を初めて召喚した。 VRダイブのまま